WHYから新たな知識を学ぶ。

私はマラソン出場を目指して、本格的にランニングをするようになったのは、2年ほど前から。
ただ、その前にテニスを始めていて上手くなるためには体力がもっと必要だと感じ、ジムでランニングマシンで走る習慣はあった。
しかし、やはりマラソンを目指して本格的な走りはそれとは違う。フルを走り切ろうと思えば、それなりに練習をしておかなければいけない。
そして、すぐに足に痛みを覚えるようになった。膝が痛いのだ。それでも、これまでにフルマラソンには3度出場し、2度完走をしている。
私にとってはフルマラソンを走るのは本当にきつくてしんどく、辛い。足が痛すぎる。気持ちよく走れたと思えたことは一度もない。毎回、ゴール手前は辛すぎて泣きたくなる。
まわりの人を見ていても、みんな同じような表情をしている。とにかくしんどそうである。
しかし、それからも私はランニングを続けている。また、近所のランニングコースでは相変わらず走っている人が多い。
あるとき、ふと思ったことがある。「決して楽しくはないランニング。それにも関わらず、なぜ人は走るのか?」、「そういえば小さい子供はすぐに走りたがる。歩いて進めばよいところをすぐに走り出す。それは、なぜなのか?」
「なぜ、人は走るのか?」
そんなことを考え始めるようになった。それからランニングをする人やマラソンをする人には聞き始めた。「なぜ、走っているのですか?」と。
その回答はおよそ想像の範囲内で、私も思っていたようなものである。「健康のため」、「一度フルマラソンを完走してみたい」といったところである。
これでは、そもそもの疑問である「なぜ、人は走るのか?」の答えとしては納得ができない。子供は健康やマラソンのことは考えずに走っているはずだ。
次に、調べ始めたのはネットと書籍である。数冊の本も読んだ。
そこで、分かったのは人であるホモサピエンスは走るために生まれてきているということ。そして、長い距離を走ることができたために厳しい生存競争の中で生き延びることができたということ。
歩くよりも走る動物として誕生したのがホモサピエンスだったということ。
人間よりも早く走ることができる動物は他にもたくさんいる。
しかし、人間よりも長く走ることができる動物は他にはいない。42㎞も走り続けられるのは、人間だけである。
これで私も納得ができた。そして、そのことは私にとって新たな知識となった。そのきっかけは「こんなにもしんどいマラソンなのに、なぜ多くの人は走ろうとするのか?」という素朴な疑問だった。
インターネットやSNSでのつながりなどが発達しているおかげで、たくさんのことを調べることができ、また教えてもらうことができる。
そういう環境で新たな知識を得られるかどうかは、WHYをどれだけ多く持てるかどうかにある。自分が感じた疑問は大事にしてその理由を調べる。WHYの数だけ、多くの知識が得られるようになっている。
さあ、今日も新しいWHYと出会おう。

