何のために「自分に厳しく」するのか?
「自分に厳しくありたい。」と人はよく言う。
目標や目的を達成するために自分を律したいということだろう。ただ、私はどうもその言葉には違和感がある。あるいは人によっては薄っぺらさを感じる。本当に自分に厳しくある人は、わざわざそのようなことは言わない。態度で人に感じさせる。
「何のために厳しくするのか?」
人の中にはかなりストイックに自分自身を追い込む人がいる。職業的にそのような姿勢が身につく人もいるだろう。例えば、お坊さん。
あるいは人並み外れた目標を設定し、自分自身を厳しく律する人もいる。いわゆるプロの世界に多い。プロスポーツ選手はじめ、棋士や雀士といった勝負の世界で生きる人など。
プロの世界は見方によっては自由な世界だ。やらなくても他人からとやかく言われることはない。
実は、自由な世界になればなるほど自分を律する力が必要になる。
そして、同じことが一般の社会人にも言えると思う。今は起業家も増えた。中小企業の見られ方も変わってきている。転職は一般的にものになった。
私が社会人になった頃からすれば様変わりだ。大企業から独立するなどは脱落者のレッテルが貼られたし、上場企業から中小企業への転職も同じような見られ方をしていた。私が転職をしたときも、「なんで?」とよく言われた。
一般の社会人も20年前と比べれば、「管理される社会」から「自分で決められる自由な社会」へと変化している。
但し、自由な社会に行くには自分を律するチカラが必要になる。管理される社会は、他人に依存をして生きていく。自由はないかもしれないが、楽な生き方ではある。私はこれを否定はしない。本人が幸せであれば、それでいいと思う。
しかし、問題なのは、自由な世界で生きたいと思いながら、依存型でいる人だ。こういう人は苦しい。また、そういう人ほど「自分に厳しくならねば。」と気合を入れる。でも、それもできない。余計に苦しくなる。
自由な世界で成果を上げる人は、気合で自分を厳しくしているようには見えない。それよりも、楽しそうに仕事をしている。但し、「自分のスタイル」が見える人が多い。そして、そのスタイルは強く守ろうとする。
では、何のために自分のスタイルを守るのか?それは、自分が楽しく仕事ができるからだ。
自由な世界で自分に厳しくしながら成果を上げる、とはこういうことだと思う。
決して、他人のやり方で自分を律するようなことはしない。自分のスタイルを守る。そのために厳しくあろうとするし、他人とも戦う。
また、自分のスタイルを守るとは、自分を大事にすることだと思う。
何のために「自分に厳しく」するのかといえば、自分を一番大事にするためだ。自分の能力がいつもベストに発揮できるように心や体を整え、そして準備や訓練をしながら自分の能力を高める努力もする。
これはすべて自分を一番大事にしようとする発想から生まれる、と私は思う。
もっと、もっと自分を大事にしたほうが良い。そして、そのために戦った方がいい。常に、準備を整え、努力もしながら。
自由な世界で成果を上げていくのであれば・・・。
