2020年、大みそかの朝。

今私は自宅リビングでこれを書いている。
今朝は冷たい。雪は降っていないが、昨夜から全国的に冷え込み、大雪となっている所もあるだろう。
昨夜、中2の息子は夜のうちに水を凍らせるべく、バケツに水を入れて玄関前に嬉しそうに置いた。まだまだあどけなさが残る中学生だ。
私が座る位置からは大きなリビングの窓を通して、外の景色が見える。梅の木の枝、イチイの木もレースのカーテン越しに見える。
空は青空も見える。雪が降るかと思っていたが、どうだろうか。冷え込みが厳しい日になるのかもしれない。
それから、リビングで同じ場所に長い間置かれている主がいない鳥かごがある。この鳥かごはわが家へ舞い込んできたピーちゃんのために買ったものだ。
我が家やこの家に引っ越した間もない頃、7、8年前、妻が2階のベランダで洗濯物を干しているときに、どこからともなく飛んできた。
その時から人懐っこく、妻の手にも乗ってきたようだ。迷い鳥ということで近所へ声をかけたり、玄関前に「迷いどり」がいますという紙を貼ったり、警察にも届けたが、飼い主は現れなかった。
それから、「ピーちゃん」という名前を付けて、わが家の家族になった。
小さな文鳥でかわいい鳥だった。このリビングにいると私の手や肩、頭の上にもよく乗ってきた。フンをされることも多かった。
いつも家のなかは、「ピー、ピー」とぴーちゃんの声が聞こえた。家族で出かけて家を留守にして帰ってきた時は、玄関を開けるとピーちゃんの元気な鳴き声が聞こえた。
旅行や帰省をするときは一緒だった。海外旅行へ行ったときはさすがに一緒に連れていくことができずに、ペットショップに預けた。友人知人の家でお世話になったこともあった。
小鳥を連れて移動をするのは、大変なことでもあるが、今では良い思い出だ。
そのピーちゃんが今年の5月、突然亡くなってしまった。以前からそれまでのように小枝に止まれないなど、少し足の調子が悪いかなという話はしていた。手にもうまく止まれない時もあった。
鳥がそのようになると寿命が近づいているとは聞かされていたが、それでも鳴き声は元気に聞こえていた。
それが、ある日、鳥かごのなかでこれまで聞いたことがない、大きな音で羽をバタつかせた。小枝から落ちたようだった。
すぐに鳥かごから出し、妻が手の中でいたわるように体をさすりつづけた。
しかし、一向に元気にならない。それどころか、弱っていく。「もしかしたら・・・。」そんなことを考え始める。ますます弱っていく。
数時間、ピーちゃんを家族が順に手の中で優しく労わった。そして、その日の夜、ピーちゃんは手の中で天国へ行った。
今年は日本でも2月にコロナがひろがり、3月になると私は仕事がオンラインへ変わっていき、子供たちも学校が休校となり、家族が家の中で一緒に過ごすことが増えた。
3月、4月はずっと一緒だった。そんなことは子供が生まれてからはもちろんのこと、私の人生でも初めてのことだ。
その中には、当然、ピーちゃんもいた。家族だったから。
ピーちゃんのお墓はリビングの窓を開ければ、すぐに出れる庭につくった。ピーちゃんもきっと見ていた場所だ。
そして、ピーちゃんがいなくなってからも、ピーちゃんのお家、鳥かごは以前と変わらず同じ場所にある。
いなくなってしばらくは寂しかった。家族で出かけて帰宅をしても、ピーちゃんの声が聞こえない。そのことに寂しさを覚えた。
今ではそんな寂しさを感じることはなく、良い思い出になっている。
ある日、突然に飛んできたことも、鳥かごを買ったことも、ペットショップに餌を買いにいったことも、一緒に車で帰省をしたことも、一緒に旅行をしたことも、そして、亡くなったこと、家族が泣いて悲しんだこと、お墓をつくったこと。すべてが良い思い出になっている。
ありがとう、ピーちゃん。

