追い込まれる経験も。(チェック済)

「もうこれ以上に力は出せない。」
私にもそんな経験がある。しかし、仲間と一緒に頑張っているから、そこで辞めるわけにはいかない。あるいは、お客様のためにやりきらなければいけないから辞めるわけにはいかない。
そうやって、ますます自分を追い込む。
そして、それが結果的に、自分の能力をさらに伸ばす。あるいは、これまで経験をしなかったことを体験する。仲間と一緒に追い込んだために結束力が高まる。
例えば、私の場合であれば学生時代のボート部はまさにそうだ。あれほどしんどいスポーツはなかった。私はエイトに乗っていたのだが、試合になると9人の仲間と共にゴールに向かって全力以上のものを出し切ってゴールする。
レースの中盤くらいになると、すでに自分一人の力は出し切っている感じがする。しかし、そこでやめるわけにはいかない。仲間も同じように懸命に漕いでいるから。そして、すぐソバには勝ちたい相手がいるから。
そこから仲間で励まし合いながら、全力以上のものを出しながらゴールに向かうのだ。そうやって、ようやく勝てる。メダルを手にすることにもなる。
また、フルマラソンも私には全力を出し切らなければゴールできないものだ。30㎞ではすでに限界がきている。そこからの10㎞がツラい。それまでの私の全力以上のものを出しながらでないとゴールできない。
そして、仕事でもそのようなことはあった。今では懐かしいのだが、何度も徹夜をしたことがある。セミナーのテキスト作成やご支援先でのコンサルテイング準備などで家で一人で徹夜をしたこともあれば、大きなプロジェクトの報告会前夜に会社でメンバーと共に徹夜をしたこともある。
メンバーと一緒にタイムリミットをにらみながら夜通しの作業をギリギリまでする。完全に追い込まれている。そして、アドレナリンがでている勢いで当日の報告会を迎える。このようなやり方は決して褒められるものではないし、仕事ができる人のやり方ではない。また、今の時代にこのような話をするのは、逆に能力の低さを言っているようなものなのかもしれない。
しかし、そのときのことは今でも覚えているし、メンバーとの良い思い出になっている。そのような話が今もできるのは、やはり追い込まれた経験だからだろう。メンバーとの結束力も高めるものになったからだろう。
メンバーと一緒に徹夜をすることが仕事で追い込むことではない。やりきって達成感を一緒に味わうことが、仕事で追い込むことだろう。
今は長時間労働も休日出勤も、ましてや徹夜は褒められるものではない。
しかし、やはり仕事はいつも淡々と冷静にスケジュール通りに進められるものでもない。仮に、そのようにして仕事ができているのであれば、今の自分の能力で仕事をしているので、もっともっと伸ばせる力を持っているはずだ。
私は昭和の人間なので、仕事での追い込み方も昭和のやり方になる。
令和の追い込み方とは、どのようなものなのだろう。
いづれにしても追い込む経験をしなければ、今の自分の能力をさらに伸ばすことにはならないと思う。

