親の老いを見て、感謝すること。

私も50歳を過ぎると自分自身に老いを感じることがある。最近はやはり視力だろうか。老眼が進み、これまでの眼鏡では近くのものが見づらく感じることがある。人の体は年齢とともに老いる。
そして、自分自身の老いを感じるようになると、親の老いも見て分かるようになる。体つきが変わってくるし、歩き方も変わる。足腰も痛そうだ。
私の母は今、入院をしている。施設に入ったり、入院をしたりすると、やはり歩くことが減るからだろう。足は細くなるし、体も小さくなったように感じる。親のそういう姿を見るのは、受け入れていくしかないと思いながらも、やはり寂しい。
自分自身の老いは感じて分かるものだが、親の老いは見て分かるもの。また、親が老いることや入院をすることで、新しい世界も生まれる。
例えば、娘が一緒に病院へ母の見舞いに付き添ってくれた。その病院は私の実家の近くにあり、今の自宅からは電車で片道1時間弱、駅からはカーシェアをして15分ほど走る。そして、病院で母と会ってから、車で15分ほど走り、評判の中華料理店でランチをとり、また駅まで車を走らせて、電車に乗る。一度、乗り換えをするのだが、そこで、自宅へお土産を一緒に選びながら買って帰る。
半日ほど娘と一緒に過ごす時間を持てた。特に、往復2時間ほどの電車では色々な話ができた。日頃の生活では持てない時間を持つことができた。そのことで、娘との関係性が少し変化したように感じる。新しい世界になった。
母は体は小さく感じたものの顔色は良く、気分も落ち着いているようで安心できた。また、病院施設が立派なことやお世話になっている看護師さんとも会えて安心できた。
老いは寂しさはあるが、新しい世界を創りだすものでもある。その世界を見るためにも、老いは受け入れることが大事なのかもしれない。

