日ハム新庄監督の誕生で思う事。

新庄選手の現役時代、特にタイガース時代を知る人にとっては驚きの発表だったのではないだろうか。「あの新庄が監督、できるの?」と。確かに才能は一流。特に、守備については今でもプロ野球界でイチロー選手と並ぶほどの選手だった。バッテイングも良い。そういった技術論は教えられるだろうが、試合の采配をするイメージがわかない。
そう思っているのは、天国の野村さんも同じではないかな。野村さんはタイガースの監督時代に新庄選手がいたから、教え子である。よく知っているだろうから、新庄監督を聞いて何と言うのかを聞いてみたかった。驚きでひっくり返っているのではないだろうか。
日ハム、北海道、パリーグが盛り上がるのは間違いないだろう。私も新庄野球は楽しみで、見たい。まずは、コーチングスタッフなどどのような体制をつくるのか。元大リーガーのバリーボンズを呼んでくれないかなと思う。
さて、新庄さんはタイガース→大リーグ→日ハムで活躍後、引退をした。それから、バリへ移住して10年以上暮らしていた。日本からは離れていた。野球からも離れたいたようだ。引退後しばらくは気に掛ける人もいただろうが、それも過ぎると日本では話題になることもなくなった。今のようなSNSもない時代だったので、マスコミに取り上げられない限り、その近況を知ることはなかった。
それがいきなり2年前から日本で注目を集めるようになった。プロ野球への挑戦を宣言したからだ。確か、そのときの年齢は48才。「何をバカなことを言っているの?まぁ、新庄だから仕方ないか。」タイガース時代からの新庄選手を知る人の多くはこのような反応だったのではないかと思う。実際に私も初めてそれを聞いたときは、そう思った。プロ野球挑戦をぶち上げて、注目を集めようとしている、と。本気ではないと思っていた。
ところが、SNSで伝わるのは無邪気に本気で挑戦をしようとする姿勢。それからプロテストを受けるまでは一年ぐらいだっただろうか。そして、迎えた昨年のプロテストには多くの注目を集めた。結果は不合格。残念に思った人も多くいたと思う。私もその一人。48歳でプロ野球選手になれば、日本はもちろん、世界からも注目を集めただろう。
これで、新庄劇場は終わりと思っていたのだが、まだ続きがあった。
そして、今思うのは、もしかすると2年前から監督になることを考えていたのではないかということ。そのためのプロ復活宣言だったのではないかということ。もし、そうだとすると新庄さんは頭が良い。まったく日本で注目をされなくなった元プロ野球選手が監督になることはまず考えられないからだ。その前哨戦としての挑戦だったのではないかということ。
それから、もう一つ思うのが、そのような考えがなかったとすれば、一つの挑戦が扉を開き、人生を変え、世界を変えるなという事。プロ野球復活への挑戦がなければ今回の監督就任はなかった。面白くて、人に勇気や元気を与えられることをやりたいという想いから、自分にできることで挑戦をした。一つの挑戦が、新しいチャンスをつかんだことになる。
世界を変えるのは、挑戦しかない。そして、そのチャンスは誰にでもある。
そんなことを思わせてくれる監督就任である。野村さんも「あの大バカヤロー、お前ならできるよ!おもいっきりやって、プロ野球を盛り上げろよ!」と喜んでいるだろう。

