新しいことを始めるために必要なこと。

何か新しいことを始めたいと考える人は多い。私が最近、始めたのはウクレレ。コロナ禍で自宅待機中に半ば衝動買いをしてしまった。商品が届いたのは、約1ケ月後という忘れていた頃。半ば熱は冷めていたが、せっかく届いたので、今も時間をつくって練習をしている。
早起きを始めよう、健康のためにランニングを始めよう、読書を始めようなど何かを始めたいと思うときがある。もっと大きな始めようとなると、例えば転職をしようや、会社を辞めて独立をしようがある。
そして、新しいことを始めると、当然だがそれまでとは違う新しい世界と出会う。ウクレレであれば先生や仲間との出会い、ランニングだとフルマラソンを走る世界、私は40歳でテニスを始めたが今はテニス仲間ができた。これらは、そういったものを始めることがなければ、出会えなかった世界である。
さらに、私は船井総研へ転職をしている。人生が変わった。もし、あのとき転職をしていなければ、まったく違った世界を生きていたはずだ。
昨日、息子の中学野球部の試合があったので、久しぶりに観戦をしていた。そして、この試合は3年生にとって最後の試合だった。コロナ禍で本来であれば野球シーズンとなる春から夏にかけて予定されていた大会がすべて中止になってしまった。この試合も4校の先生たちが声をかけあって実現したものだ。
その3年生にとっての最終試合。息子のチームは初回に先頭打者ホームランで先制したが、その後、逆転される。さらに、逆転をして迎えた最終回。守りでツーアウトまできたとき、キャプテンのキャッチャーがマウンドに駆け寄り、内野手も集めた。このチームで迎える最後の打者になるかもしれない。そのような場面で共に戦ってきた選手がマウンドに集まった。何を話していたのだろう。後ろ姿からも分かったがキャプテンのキャッチャーは涙を拭っていた。マウンドからキャッチャーポジションへ帰ってくるとき、顔が見えたが泣いていた。
試合は勝てる。なので、悔してくて泣いているのではない。このチームで野球ができるのが残りわずかとなっていることに泣いているのだ。試合に勝って嬉しくて泣く涙や負けて泣く悔し涙よりも、良い涙に見えた。
私は試合後、自宅までランニングをして帰った。ランニングをしながら考えたのは、「終わりがあるから、始まりがある。」ということ。それも、これまでに経験がしたことがない、また想像もつかない新しい世界への始まりには、それと同じくらいに大きな終わりがあるということ。
3年生たちは、来年、それぞれの新しい世界へ行く。学校も違えば、野球を辞める子もいるだろう。大きな変化である。新しい世界との出会いがある。
始まりには、終わりがいる。終わりは、始めるために必要なこと。
始める時には、終わりも一緒に考える。
終わりもいいもんだと教えられた野球観戦だった。ありがとう!

