ランニングを習慣にするようになって感じていること。

3年ほど前からランニングを習慣にしている。コロナ前は4回マラソン大会に出場もしている。そのうち一度フルマラソンの途中棄権があり、ハーフを一度完走、フルを二度完走している。コロナ禍になってからはマラソン大会は中止されているので出場はないがランニングは続けている。しかも、時間に余裕があるので走る距離が増えている。今月もそうだが月間100㎞ペースを続けている。今月で5ヶ月続けて100㎞ランをしたことになる。
これほどランニングが習慣になるとは3年前では想像できなかった。それよりも前に一度挫折した経験もあるので、特にそう思う。
さて、これほどランニングを定期的にするようになると、走り出しで体調を感じられるようになる。走る時は10㎞以上を毎回走るのだが、決して楽に走れるとは思っていない。息が上がってしまうこともあるし、足が重く感じる時もある。そのため、今日のランはどのように走れるだろうかを走り出しで感じるようにしている。
走り出しが軽く感じられる時もあれば、重く感じる時もある。いつもより日を空けたときが楽に感じるとも限らない。朝と夕で違いがある訳でもない。走る前にそれが分かれば良いのだが、今のところ、どのようにすれば楽に走れるのかが分かっていない。そのため、いつも走り出しで感じるようにしている。そして、実際に違いは感じるのだ。
ところが、最近はまた不思議に感じているのが、走り出しで足が重く感じる時、いつもよりタイムが遅いかと言うとそのようなことはない。足が軽く感じる時、ペースが良いのは当たり前なのだが、足が重く感じる時は確かにいつもよりペースが遅い時もあるが、変わらない時もあるのだ。いつもと同じペースで走っているのだが、足はいつもより重く感じる。
足は重く感じていれば、走るのがキツク、息も上がりそうに思うが、そのようなこともない。息はいつもと変わらない。しかし、足は重く感じる。そして、ペースはいつもと変わらない。ということは、これで足が軽く感じられればペースは上がりそうなのだが、その時もいつもと変わらないペースで走っている。
何を言いたいかと言うと、これはランニングに限らないのではないかという事。もし、足が重く感じられるときにタイムを計らず走っていれば、ペースは落ちるのではないだろうか。タイムを計っているために、足は重いのだがペースは変わらないことを知る。そのために、足の重さを原因にしてペースを落とすことはしない。しかし、タイムを計っていなければ足が重く感じることでペースを落とすのではないだろうか。
プロ野球の世界でよく言われるのは、調子が良くない時は良くない割の投球をして押さえること。これができなければ勝ち続けられるピッチャーになれないと言われる。調子が良いときに勝つのは当たり前だが、調子が悪い時にも勝つ。
仕事でも今日はイマイチ気分が乗らないなぁなどしんどく感じるときもあるだろう。そのような時でもいつもと変わらない成果を上げる。必要以上にその気分で悪くしない事。そのためには、たとえ調子が悪くても、一定の成果を上げる仕事はできるのだと自分に言い聞かせること。あるいは、そういう時にどのようなパフォーマンスを発揮できるのかと自分を楽しんでみる事。
いつもと変わらないペースで走ることが大事な時もある。

