コロナ禍での衆院選で感じたこと。

衆院選挙が終わった。自民党が単独で安定多数の議席を獲得したようだ。自民党の勝利である。今回はコロナ禍であり、特に目立った争点もない選挙のように感じた。それが投票率にも表れており、戦後三番目に低かったようだ。
このような結果になったのだが、私はいざ投票するときになっても、まだ決めきれない状態だった。それは誰と誰、あるいはこの党とあの党で迷うというものではなく、ほぼ真っ白な状態。そんな状態だった。
では、なぜ投票日を迎えても、このような状態だったのかと言うと、選挙のことを考える機会や時間が少なかったように感じている。選挙期間中もリモートで家で仕事をすることが多かった。その間、選挙カーでウグイス嬢の声を聞いたのは、3度ほどだろうか。また、街で選挙ポスターを見かけたのは10回程度だろうか。テレビの選挙演説を見ようとしたが、あまりにも面白くなく数分程度しか見ていない。新聞で各政党の紹介やアピールをされている広告を見たが、どの党も個性が感じられず、いまいち違いが感じられない。ネットニュースもあまり見なかった。
つまり、選挙を見たり、聞いたりする機会が少なく、その分、考えることも少なかった。そのように感じている。その結果、どのような投票をしたのかと言うと、「妥当な」としか言いようのない。これまでと考えを変わることがない投票となった。
コロナ前は仕事で外へ出かけることが多く、選挙カーや演説、選挙ポスターを見ることも多かった。それを見かけるたびに選挙のことを考える。そのたびにいつも真剣に情報を集めて、考えることはできないまでも、移動中など少し時間ができたときに、「そういえば・・・」とネットで情報を集めて、考える時間があったように思う。今回は、ネット検索で選挙関連のことを調べることもほとんどなかった。動画をいくつか見たぐらいだ。
さらに、今は党の数が多くなり、その分、各政党の個性があまり感じられない。同じようなことを言っているように聞こえる。消費税をどうするとか、選択的夫婦別姓とか、あるいは他党の批判といった対策的な話が多く、これからの日本をどうしたいといったビジョンが感じれない党が増えた。
自民党の勝利は、このような背景があるからだろう。選挙にもっと興味を持つようになるには何が必要なのだろうか。選挙や政府に興味がない今の日本は平和を表している様にも思うが。
危機感と期待感が足りないのだろう。政治が変われば、日本は変わるという実感もなければ、期待感もないからだろう。政治家と国民、そこに加えて政治に興味を持たせる活動をする人が必要に思う。それこそ、老害と言われながらいつまでも政治家をするのではなく、早くに引退をして、そのような活動をすれば良いのではないかと思う。

