ウイズコロナでの2つの危機感。

1ケ月ぶりに出張することになり、外へ出て感じたのは、ウイズコロナ下での2つの危機感。1つはステイホームをしているときから感じていた感染の危機感。そして、外へでて感じたのは社会が止まってしまっている危機感。
朝の特急列車へ乗車するためにJR新大阪駅ホームにいたのだが、ホームに人がまったくいない。10分以上は列車を待っていたのだが、その間でもホームで人は見かけたのは、ほんの数人。清掃係の人が数名いらっしゃったのだが、人がいないためにホームが汚れることがないからだろう。時間を持て余しているように見えた。
それから、乗車予定の特急列車が来たので乗車するが、車両には私一人しかいない。誰もいない車両というのは不気味で怖くさえ感じる。途中の京都で一人の方が乗車をしてきたが、北陸方面の目的地まで他の人が乗っていることはなかった。
また、JR新大阪駅には多くの土産物店、飲食店、書店、スーパーなどがあるが、ほぼすべて閉まっている。このような光景は見たことがない。それも怖さを感じた。
このままではいけない。
コロナ感染の危機は感じていた。そして、経済の動きがストップしていることもニュースやネットでは見聞きしていた。ただ、やはりそれは二次情報である。実感ができていなかった。また、GW中に一度だけ車で御堂筋を走り、いつもであれば多くの人で賑わう梅田、心斎橋、難波にはほとんど人がいないことも見ていた。しかし、それも私にとってはどこか非日常的に感じる場所の為、実感できていなかったようだ。それが、いつもの生活で使用していて、いつも多くの人でいっぱいの駅や列車に人がまったくいないのは、その違いが強く実感されて危機感を覚えた。
コロナ感染を防ぎながら、一日でも早く日常生活に戻る事。
そして、また万一、コロナ感染がひろがるようなことがあれば、早急な対応をしながらも日常生活が続けられるようにしていくこと。
これができなければ、とんでもなく暗い社会になっていく。
1車両にお客が2人しかいなくても車掌さんは決められたように車内をまわってくる。
このままでいけない。

