なぜ、毎日ブログを書き続けるのか?

私は15年以上、毎朝、ブログを書き続けている。毎日続けているものとしては、他には10年日記がある。また、3年程前からは読んだ本をFacebookにあげるようにしている。
なぜ、このようなことを私は続けているのだろうか?
ブログについては私の認知度や信頼度アップ、書く力を鍛えるためと日々のコンサルタントとしての生活から経験したことや考えたこと、ルール化したことを記録しておきたいという考えで続けている。
10年日記については、なぜ始めようと思ったのかの記憶は定かではないのだが、今でも続くのはやはり記録付けといったところが強い。
10年日記が良いのは、10年分の同月同日で1ページがまとめらていることや、一日分のスペースが5行程度であること。すぐに書けるし、3年前の今日や8年前の今日は何をしていたのかを振り返ることができる。
ちなみに今年は9年目になるので、来年で10年続けたことになる。
それから、フェイスブックへの読書した本の投稿は、記録付けをすることで本の内容が頭に少しでも定着ができればいいと思っている事や、私の友達が投稿を見たことがきっかけとなって何かが始まれば良いと思っている事、それから今一番良いと思っているのは、過去の同月同日の投稿を知らせてくれることである。
それで、1年前や2年前に投稿した本やその内容を振り返ることができる。それがきっかけとなって本の内容を思い出し、今考えていることとクロスし、新たなアイデアや気づきになることがある。
さて、新しいアイデアを生み出すのは、ゼロから何かを創造するのではなく、すでにあるもの同士を新たに組み合わせることだと言われる。
それまでになかった組み合わせが、新しいものを生み出す。組み合わせるもの同士は、以前からあるものである。
私が毎日、ブログや10年日記を書く事や、フェイスブックに読んだ本の内容の投稿を続けるのも、これに近い。
偶然のきっかけが多く生まれる仕掛けになっているのだ。それも、私が経験したことの組み合わせで新たなものが生まれる可能性がある。
過去の出来事や考えたこと、読んだ本、そして、今考えていることや経験していること、そうしたものが私の頭のなかで突然組み合わさる。
新しい組み合わせを生み出すために、私が経験したきたことが材料になる。
人間は忘れる生き物である。私がこのようなことをしていなければ、過去のほとんどは忘れてしまい、過去と現在を組み合わせることができなくなる。
これは勿体ない。人生はお金よりも時間が大切で、時間は人生そのものだと言われる。過去の時間、今の時間、未来の時間があるが、長く生きれば生きるほど、当たり前だが過去の時間が多くなる。それが、使えないのは勿体ない。
人間は忘れる生き物ではあるが、不思議なことにちょっとしたきっかけがあると、それを手がかりにして、その時の記憶を鮮明に思い出すことができる。
今では、ブログや10年日記を毎日続けてきて良かったと思っている。10年日記は9年目になるが、11年目以降も新しい10年日記ノートを買って、続けていきたいと思っている。
過去の時間を資産化しよう!

