目標は見えるものなのか、それとも見えないものなのか?

若手でありながら、トップコンサルタントとしての成果を上げる人の話を聞く機会があった。
話題は、どのようにして短期間で今のような成果を上げられるようになったのかについて。そこで、高い目標を掲げることについての話があったのだが、そのなかで強く印象に残った言葉が
「目標は目指さなければ、決して見えない。」というもの。
この言葉は、その若手コンサルタントがご支援先企業で社長が社員に向けて話していたそうだが、彼もその時に強く印象に残ったそうだ。
その社長は会社を大きく成長させる住宅会社を経営しているのだが、ある店舗の店長と目標について話していたそうだ。そこで、店長が目標として掲げた数字が小さいために、社長からもっと上げた方が良いのではないかと指摘を受けた。
そのときに、店長は「これ以上の目標を掲げても達成の見込みが見えないので難しいです。」と言ったそうだ。目標設定会議では、よくあるシーンである。そこで、社長は何と言ったか?
「今から見える目標を立てる意味はある?私は普通のお店をつくろうと思っているのではない。そんなお店にするくらいなら、店は今すぐ閉めた方がましだ。もう閉めてくれ!」と言ったそうだ。
そして、「今はまだ達成が見えない目標を立てるから意味があるのではないか?その目標に向かって、どうすれば達成できるかと考え、行動していくことで、目標は見えてくる。それが、成長だ。目標は目指さなければ、決して見えない。」と話したそうである。
きっと社長はその店長にもっと成長して欲しく、そして、できるはずだと期待を込めていたのだろうと思う。
ただ、その店長がこのような目標設定をしようとする気持ちも分かる。目標は立てれば達成をしなければいけなくなるからだ。しかし、どうすれば達成ができるのかが見えない。そうして、社長と店長の意見が合わない。
なぜ、このようなことが起きるのかというと、社長と店長では見ている世界が違うからである。社長は未来の姿を見ている。その店長が目標を達成して今よりも成長している姿を見ている。そして、店長は今を見ている。未来の成長している姿が見えていない。
この視点の違いがあるために違った景色を見ている。
もしかすると社長は過去の自分自身が成長してきた姿や他の店長が大きく成長してきた姿と重ね合わせて、その店長を見ているのかもしれない。そして、彼ならきっとできるはずだと見ている。
しかし、店長は自分自身が成長している姿を見ることができない。
人は目標を掲げて、行動を起こすことで、間違いなく成長する。以前とは違っている。力がついている。ただ、そのときに目指しているのが、過去の自分が立てた目標だと成長を押さえてしまう。高い目標を立てていれば、さらに力をつけていく。そうして、以前の自分では高いと思えた目標が、達成をしたときには、案外そうでもなかったなと思う。
もうその時には、一年前とは違って成長しているからだ。
これが高い目標を立てる意味であり、目標が人を成長させることになる。
目標は立てることで初めて見えてくる。立てなければ見えることは決してない。

