正論のように聞こえる話。

正論のように聞こえる言葉には気を付けなければいけない。それが、本当に「正論」であれば良いのだが、そのようなものは、まずない。正論とは、その人にとって、あるいはその組織にとって都合の良いものであったりする。ここで何を言うべきなのか?聞いている人をどのように操作する方が良いのか?そのような時にメッセージを発する側が、正論のように聞こえることを言う。
正論は組織が変われば、変わる。日本で正しいことのように聞こえることも、世界へ出れば非常識ということがある。このように組織によって正論は変わる。それを分かりながらメッセージを発する、あるいは聞いている人も反応をしている人もいるかもしれないが、多くの人は無意識に正論のようなことを発言し、聞いている。これは他を知らないために起きるので、仕方がないことで、本人に罪はないのだが。
例えば、収入アップとキャリアアップはイコールではないという話があったとする。正論のように聞こえる。時には収入アップよりもキャリアアップを考えた方が、結果的に良い仕事ができ経験も積めて良くなる。収入は下がることもあるかもしれないが、それは決して悪い事ではないという話である。
確かに、稼ぐことだけを考えて、稼ぎやすいことをやり続けるのはキャリアップにはつながらないのかもしれない。しかし、それはキャリアップをどう考えるかによって違ってくる。私はキャリアアップをできることが増えること、あるいは他の人よりも効率的にできるようになることだと考えている。それによって貢献できることが増えることである。
キャリアアップには、量と質があり、量とは多くのことができるようになることで、質とは他の人よりも上手に、効率的にできるようになることである。
そう考えたとき、キャリアアップに何が必要となるかと言うと、多くの種類の仕事をすることと、一つの仕事を多くすることである。たくさんの種類の仕事をすることで、できることが増え、一つの仕事を多くすることで、誰よりも上手に効率的にできるようになる。
となると、収入アップを考えて、稼げると考えることをやり続けるのは、キャリアップにならないとは言えない。たとえ、それが同じことをやり続けることになったとしても、それで他の人よりも稼ぐことができるのであれば、上手に効率的にでき、そして貢献もしているからだ。また、稼ぐために他のことをやろとするのも、できることを増やすことになるので、これもキャリアアップになる。
収入アップを目指すことがキャリアアップにならないのではなく、一時的な収入アップを考えることがキャリアップにならないのである。収入アップを目指し続けることは、結果的にキャリアアップになる。また、「収入が上がっていく」というのではなく、「収入を上げにかかる」ことが大事。
収入を上げにかかることや収入を上げ続けようと取り組むことで見えることがある。収入を増やそうと思えば、お金以外で大事にしなければいけないことが見える。
年長者が若い人に、「お金だけではないよ。」とか「収入よりもキャリアが大事だよ。」というようなこと言うが、若い人は気を付けて聞いた方が良い。その本当の意味を知るには、一時期は収入を上げること、収入を上げ続けることに取り組まなければ分からないから。
私は、若い人が収入を上げ続けようとすることは、キャリアアップにつながると考えている。
正論が怖いのは、それが多数派であること。そうすると正論がはびこる組織は多様性を失う。少数派の意見が見えなくなるから。もちろん、組織には正論も必要なので、それを発するのは必要なことである。私が最も宜しくないと思うのは、そのメッセージを聞き、「そうだ!そうだ!」とよくぞ言ってくれた!のように煽る人があらわれることである。これを無意識にやってしまっている人が怖いし、気持ち悪く感じてしまう。

