楽しく目標達成を目指す方法。

私はランニングの習慣がある。コロナ禍になり以前よりも自分の時間が増えたこともあり、ランニング時間も増えている。
ある時、いつも記録を付けているアプリを見た。そこで、初めて月間100㎞以上走ったことに気づいた。それまで月間100㎞を走るのは自分には無理だと思っていた。ところが、その時はそれほど無理をしたようにも思わず、良いペースで走れたように感じたので、来月以降も100㎞ランを目指してみようと思った。
但し、無理はしない。体にキツさを感じたり、時間を捻出するのが難しいときは諦めようと思っていた。ところが、それ以降も続けられた。数か月後には夏が来た。7月、8月はさすがに厳しいだろうと思っていた。ところが、走る時は雨上がりや小雨という日もあり、この時も思っていたほど苦しさを感じることなく、乗り越えられた。
一番の難所と思っていた夏もそれほど苦に感じることもなく乗り越えてからは、走りやすい気候になったこともあり、気持ちよく100㎞ランを続けられた。
そして、半年が過ぎ、8ヶ月、10ケ月と楽しいランの日が続く。ところが、10ケ月目あたりから、ランが苦しく感じるようになってきた。それまでのランの疲れが溜まっていたのかもしれない。ただ、意識の中で10ケ月目あたりから、ここまで続けられたのだから一年間の月間100㎞ランを続けたいという思いが強くなってきた。
月間100㎞ランがこれからも続けられれば良いなと思っていたものが、続けたいという欲が強くなってきたのだ。それからは毎回のランがそれまでの楽しいだけのものから、続けなければいけないものに変わっていったように思う。こうなると苦しい。
今月も100㎞ランを続けること、そして、それをあと何ケ月続けること、を考えながら走るようになっていた。
目標を立て、その達成を目指すのは、やはり苦しいものなのか?と、あらためて目標達成を目指すことの苦しさを考えるようになっていた。これはスポーツに限らない。仕事でも同じことだと。目標達成を目指すのは苦しいものだと。
そう考えるようになっていた。
ところが、これを書き出すにあたり、ふと考えてみた。「本当にそうなのだろうか?」と。確かに、楽ではない。楽な楽しさはない。ただ、それを楽しむことはできないのか?
そこで、考えたのは、今こそ、目標を忘れることではないかということ。ここまで来れば、どのようなペースで走り続ければ来月も100㎞ランを達成できるかは分かっている。
つまり、目標達成への道筋は見えている。あとは、それを実行するだけ。
このような場面は仕事でもある。目標を目指して進んできて、その達成が見えてきた。ここから達成するまでが苦しくもあるが、達成のために必要な方法は見えている。あとは、それを実行するだけと言ったように。
こうなれば、目標を忘れる事だと思った。
そして、目の前のことに集中して、できれば楽しむことを大事にして進めていく。
これを来月のランで実行したい。いったん目標を忘れる。そして、今日のランに集中する。走りながら見えるもの、聞こえる音、体で感じるもの、そして自分の体に意識を集中して走る。
先ではなく、今に集中してランをする。幸い季節は良い。気持ちの良いランができるはずだ。
最後の一か月、ゴール直前こそ、ゴールを忘れる、見ない。
それを実践してみたい。そして、また、目標を達成することについて考えてみたい。

