庭の草抜き。

春になると伸びてくる、庭の草。これだけは伸びないで欲しいのだが、律義に季節が変わると伸びてくる。我が家の庭の草たちも伸び始めてきた。
リビングから庭が見えるのだが、最近は見るたびに「あ~、草が伸びてきたなぁ。」とつぶやいていた。
このように今の季節になると、いつも思うのだが、ではバッサリと切ってしまうかというと、それも惜しく感じてしまう。庭や書斎から見える庭は決して嫌いではないから。
例えば、これが無機質なコンクリート、あるいは芝生だけが見える庭が良いのかというと、そのようにも思えないから厄介である。そのようにスッパリと思えれば楽なのだが。
これから夏にかけては抜いても抜いても生えてくる草と戦うシーズンでもある。さらに、木々の枝や葉っぱもグングン育ってくるので、その伐採もしなければいけない。
なかなか大変な作業なのだ。ただ、その半分以上は奥様が担ってくれているので、私だけが大変そうに言うと叱られるのだが。
草抜きや枝切りは時間がかかるし、夏になると本当に暑い。
しかし、その時間は草抜きや枝を切る作業だけをする時間ではない。
一人で作業をする時は内省をする時間であったり、夫婦でする時は話をする時間になる。特に、外で陽にあたり草を抜く作業をしながら夫婦で話すのは、家の中で話すのとはまた違った時間になる。
話す内容は子供の事、親の事などいつも話していることが多いが、いつも話していることとはまた違ったものになる。同じ内容でも、話し方や聞き方が違っているからなのか、そのように感じる。
また、一人でするときには内省をする時間にもなる。日々、慌ただしく忙しく過ごしていると内省の時間はとれないのだが、一人でする草抜きは自然と内省をする時間にもなる。草が抜けて庭がキレイになり、内省もして心がスッキリする。庭の草抜きはそのような時間になる。
草を抜く事だけを考えると憂鬱になるのだが、でも草抜きが不要な庭にしようとしないのは、心のどこかでこのようなことを知っているからなのかもしれない。
草抜きは、庭をキレイにするだけではなく、心をキレイに整える時間にもなっている。
「草抜きの楽しみ方」
そんな本があれば、売れるかもしれない。草抜きの効能に気づいてない人が多いのではないだろうか。

