世界をひろげて可能性に気づく。(チェック済)

この春から息子が通い始めた高校で、親向けに旅行説明会があった。初めにそれを聞いたときは「旅行説明会って、何?」と思った。聞くと、どうやら修学旅行の説明のようだ。そして、「なんで、わざわざ休みの日に親を呼んで修学旅行の説明会をするの?」と思っていた。特に、出かける必要はないだろうと考えていた。
当日の朝になり、妻から「人数制限はないみたいだから、行く?」と声をかけられた。そのつもりはなかったので、気乗りはしなかったのだが、特に予定していることもなかったので、出かけた。
息子が部活で練習している様子を見られるかもしれないと思いながら・・・。
でも、よくよく考えてみると、特に行く気がなかったにも関わらず、妻に声を掛けられた時、即座に「行かない」とは答えなかった。「どうしようかなぁ。」と思った。
ということは、興味がないと言いながらも気になっていた証拠だ、もっと言えば、「行けるのであれば行きたいな」と思っていたということ。それは、旅行の説明会を聞きたいというよりも、息子の練習風景が見られるかもしれないことや、学校のことを知る機会になるかもしれないと思っていたことがある。
そして、実際に行ってみてどうだったか?
行って良かったと思っている。卒業旅行をなぜ探求旅行としているのか?探求旅行とは何なのか?学校での教育プログラムの中でこの旅行はどういう位置づけなのか?
単なる旅行の説明ではなく、その学校の熱心な教育方針や姿勢を感じる機会になった。「良い学校だな。」と安心して息子を通わせることができる学校という印象を持った。
また、それだけではなく、社会や経済が変化する中で教育のあり方やプログラムがどう変わっているのか?先端の教育機関では何を考え、実践しようとしているのか?教育界の課題は何なのか?
そのようなことも知る機会になった。
また、探求旅行はその学校の先生だけでプログラムを考え、準備し、開催するのではなく、専門のパートナー企業がいた。その会社の取り組みが新しいビジネスに感じられて面白かった。
社会は今、大きく変わっている。そのような中で教育はどうあるべきなのか?私が高校生活を過ごした35年前とは違って当たり前だが、実際にはあまり変わらない状況の学校が多いのではないだろうか。
そのような中、この学校は、
社会が変われば、求められる人が変わる。求められる人が変われば、教育が変わる。教育が変われば子供が変わる。子供が変われば、子供の生き方が変わる。
社会が変わっているのだから、教育は変わって当たり前。ただし、そこでは社会がどのように変わっていくのかを見定めることが大事。そこを間違えれば教育も間違える。
時代の変化を見極めて、教育を変える!
聞けば当たり前だが、実際に取り組むには、非難や反対の声を受けながらも挑戦しなければいけない。変化には戦いがある。
日ごろの仕事や生活の中だけの行動範囲では、分かってしまっていることが多い。そこで生活を続けることは安心でラクなのだが、新しい気づきはあまりない。時には、普段いる世界の枠を超えて行動すること。そうすると発見があり、自らの可能性もひろがる。自分の直感を信じて、行動する。
今回の息子の学校の旅行説明会もそのような機会だった。

