一発勝負の危機感。(チェック済)

私は大学時代、体育会漕艇部に所属し、毎日エイト(ボート)を漕いでいた。もう30年前になるが、今思い返しても練習はきつかった。
レースは2000mを6、7分で漕ぎきる。陸上競技で言えば、中距離層のような感覚。短距離のような短さではなく、長距離走のように長くもない。陸上競技でも中距離走が、私には一番苦しかった思い出がある。
2000mを漕ぎきる練習を重ねるのだが、船上の練習も陸上の練習も、それは毎日自分を追い込む苦しい日々。
そんな練習を毎日繰り返して、大会にのぞむ。どれほど多くの練習を重ねてきても、2000mはたった6分ほどで終わる。その間、苦しかった練習の成果を出し切らなければいけない。これは、なかなか難しい。途中で失敗をすることもある。
そのためスタート前の静寂の時間は緊張が高まる。そして、スタート同時に一気に漕ぎ出す。
さて、国公立大学の2次試験が始まっている。コロナ禍でどうなるのかとやきもきしたが、どの大学も予定どおり試験ができているようで何よりだ。
大学入試もこの日に向けて長い時間を勉強に費やしてきている。浪人生であれば一年以上である。もっと言えば、大学入試に向けて、中学・高校と勉強を続けてきたと考えれば、さらに長い。
試験は一日かけてされるので、ボートのように数分で終わるわけではないが、試験前日や当日も始まる前は緊張が高まることだろう。試験会場に着き、始まる前の静かな時間は、これまでの勉強を思い返しながら、緊張と集中力が高まっていることだろう。
そして、「はじめ!」と同時に一気にテストに向かう。
このような緊張感を最近、仕事で感じているだろうかとふと思った。毎日が緊張の連続では大変だが、成果につなげる仕事をするには、良い緊張は必要。
ところで、なぜ緊張はするのだろうか?どういう時に緊張は高まるのだろうか?
ボートの試合前の緊張と大学入試前の緊張に共通することがある。
それは、準備に時間、体力、お金などをたくさん使っていることだ。多くのコストをかけている。しかも、ただコストをかけただけではなく、他にやりたいことを犠牲にもしている。
つまり、準備にコストをかければかけるほど、本番は失敗したくない。当たり前だ。成功したい、合格したい、力を出し切りたいという思いが強くなる。
それが、緊張につながるのではないか。もし、ボートレースも練習をしないで出るのであれば、あるいは入試も勉強をしないで受けるのであれば、そこまで緊張をしないのではないだろか。
ということは、仕事でも良い緊張感を得るには、準備をすることが必要なのではないか。あるいは、緊張をしないというのは、十分な準備をしていないからではないのか?
お客様の前で提案や商談をするときに良い緊張感を持ってのぞめているか?
そして、準備ができた仕事は成果に結びつく。それが、良い仕事をするには、良い緊張感が必要と言われる所以なのかもしれない。

