コロナ禍で生まれたもの、気づいたこと。

今年の夏休みはどこにも出かけず家族と一緒に家で過ごしている。外へ出かけないのは私だけではなく、家族も同じなのでずっと一緒に過ごしている。
長女は高校三年生。来年は受験である。その後は大学生となり、家を出るかもしれない。将来のことは分からないが長女が家にいるのは限られているかもしれない。そう思うと今の時間はありがたい。
今年は自粛期間も含めると、一年の1/4~1/5は家族と共に過ごすことになるのかもしれない。日数にすると70日~90日間になる。
私は仕事がオンラインで自宅でできるようになったために、子供たちは家で勉強をし、私は家で仕事をする。そのような時間が増えている。
グローバル化で外へひろがっていくことが良しとされ、世界をどんどん大きくしていく流れだったのが、今は逆流となり世界を小さくする生活となった。海外旅行はもちろん、国内旅行も、帰省も思うようにできなくなった。仕事では出張はもちろん、出社もできない。転勤も減っているのではないだろうか。
小さな世界で暮らす生活となった。
そういう生活となり、これまで気づかなかったことに気づいたり、新しいことを始めたりといったこともある。子供の新たな一面や長所に気づいたり、これまでやったことがないようなことを始めてみたり。
外中心の生活が、内中心の生活へと変化した。
私のように家族と暮らす時間が増えた人もいれば、一人の時間が増えた人もいるだろう。いづれにしろ、これまでとは違う時間を過ごす人が増えている。そのなかで、新たな気づきを得たり、何か新しいことを始めたりしている。
そして、そこからコロナ前とは違う新しい世界が始まる。アフターコロナの世界である。
その潮流を知るためにも、私自身の変化や身の回りで起きている変化に敏感でいたいと思う。それが、アフターコロナの世界を見るヒントになるような気がしている。

